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2017年06月16日

習う側に立ってみる

 何度か書きましたが、私はとあるスペイン語サークルに入っています。
 月1回はネイティブの講師の指導も受けられるというとても恵まれたサークルです。
 二十数年ぶりに人から指導を受けて勉強する立場に身を置くことで、ある自分の心境に気付きました。
 ネイティブ講師はとても指導が上手で人間的にも素晴らしい方です。指導によって実力が伸びている実感もあります。しかし同時に、自分の実力のなさに意気消沈することも度々です。
 まだまだ初級者ですから、実力は比較的順調に伸びて行きます。にもかかわらず、実力の低さという現実との狭間で、前向きな気持ちが萎えかけることがあるのです。

 つまり、レッスンの成果がしっかり出ていて、本人も張り切っていたとしても、そして教室が好きであっても、心が萎えてしまうことはままあるということなのです。
 指導する側にばかりいると、なかなか気付けないことです。

 仕事のための習い事であれば、習う側も必死ですから少々のことではへこたれません。しかし趣味としての習い事は「なんとなく気が乗らない」といったデリケートなきっかけでもって途絶えてしまうことが珍しくないのではないでしょうか。
 そうした心情までも慮って指導できたら、極めて優秀な講師と言えるでしょう。
posted by てらこや西谷 at 01:02| Comment(0) | [て]日記
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