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2011年05月19日

なぜ勉強しなければならないの?[5]

<屁理屈をこねるな−2>
 さて、せっかくですから、今回の話題を「勉強」に結び付けて考えてみましょう。

 親があなたを叱ったとします。
 叱られるのは面白いことではないですね。しかし「面白くないから何か言い返す」というような幼稚な態度では、まったく話になりません。何も解決しません。
 あなたがまずすべきことは、「親が言っていることを理解すること」です。
 そんなの当然理解できている? 日本語で喋っているのだからわかる?
 本当にそうでしょうか。
 では、あなたは国語の文章問題に全問正解できていますか。あれは全て日本語で書かれているのですよ。しかも教科書や塾のテキストに載っているのは、優れた作家の書いた、わかりやすい文章ばかり。文章問題に正解できないのは、内容がきちんと理解できていないからです。あなたは日本語がわかっているつもりになっているかも知れませんが、実はまだまだ未熟なのです。
 つまりあなたが親に叱られている時、あなたは「なぜ叱られているのか」が実はわかっていないのかも知れないのです。
 悔しかったら、もっと勉強して国語の文章題に確実に正解できる実力をつけましょう。

 あなたがすべきことの2つ目は、「あなたがしたことは本当に悪いことなのかを考えること」です。それを正しく判断した上で、次の行動に移りましょう。
「規則違反だから悪い」ではダメです。世の中にはおかしな規則だってあります。「叱られているのだから悪いのだろう」でもダメです。叱らなくていいのに叱ってしまうという失敗を、あなたの親がしないとも限りません。
「このような理由でこうである」と、考えの筋道がしっかりしていることを「論理的」と言います。あなた自身が善悪を正しく判断するためには、「ものごとを論理的に考える力」がとても役に立つのです。
 さてこの「論理的に考える力(論理性)」を養うのにうってつけなのは、算数です。一見複雑な事柄から大事な情報を読み取り、式で表し、整理する。それが算数という教科です。もちろん国語の文章読解も論理性を養うのにおおいに役立ちますが、算数で頭を鍛えれば鬼に金棒です。算数の勉強で身に付くのは、なにも計算力だけではないのです。だから子供の頃に算数の勉強をしっかりやって来た大人達は、たとえ今は算数の問題が解けなくなっているとしても、勉強によって鍛えられた「論理的に考える力」はちゃんと持ち続けているのです。
 あなた方は、ものごとを論理的に考える力がまだまだ未熟です。
 悔しかったら、もっと勉強して算数の問題をスイスイ解けるようになりましょう。

 あなたがすべきことの3つ目は……もし、叱られた理由に納得できたなら「はい」と返事をしましょう。謝る必要がある場合は謝りましょう。もしそこで何か言い返してしまったら、それは「屁理屈」にしかなりません。
 しかしもし、叱られた理由に納得できないならば、なぜ自分が悪くないかを、きちんと説明しましょう。ただ「悪くない」と言い続けるだけでは、話し合いになりません。
 相手にきちんと考えを伝えるには、そうです、作文です。あなたは作文が得意ですか。本を読んで感じたこと、学校行事で楽しかったことなどをわかりやすく書き表すことができますか。
 ただ「楽しかった」「つまらなかった」では○×をつけるのと変わりません。何について、どんな理由で、どのように感じたかを、具体的にくわしく書けることが大切です。
 それがきちんとできないようでは、たとえあなたが正しい意見を持っていても相手に伝えるのは難しいでしょう。誤解も解けません。
 悔しかったら、もっと勉強して上手な作文が書けるようになりましょう。
(つづく)
posted by てらこや西谷 at 13:31| Comment(0) | TrackBack(0) | [塾]なぜ勉強するの?
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